僕らのみらい、
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上毛町に行ってみた、居てみた。とあるライターの暮らしの備忘録㊥

posted: 2015.12.13

「百姓」がたくさんいる町

田舎は、大抵そうなのかもしれません。もりさんや、やましたさん、こきどさんにお会いすると気付くのですが、彼らは自分たちでつくれるものが多い。ピザ釜だって、飛行機の模型だって、古民家の修復だって、なんでも自分たちの手ですんなりかたちにしちゃう。

右奥で、若者の話に耳を傾ける、もりさん

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防災グルメなど、たくさんのシカケを教えてくれた、やましたさん(左)

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だからといって、彼らの仕事がそうなのかと聞くと、そうでもない。都会だと自分の仕事の専門性を高める、というのが普通かもしれないけど、田舎だと自分の暮らしに必要なことは幅広くできちゃうのが当然みたい。器用が人が多いんですね。

「なければ買えばいい」という感覚よりも、「ないなら自分でつくればいい」「壊れたら自分で直せばいい」という感覚の人たちがたくさんいる。そんな印象を受けました。

ワーキングステイ滞在先としても小木戸邸で受け入れをする、こきどさん(右)

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田舎は「ない」ものが多い。だから、「ない」ことを楽しめる人じゃないと、大変だろうなぁ、逆に、田舎で暮らすとできることが少しずつ増えるんだろうなぁ、と感じます。ドラクエのように、レベルが上がれば上がるほど、一人でやっつけられるモンスターの数が増えるように。

百姓は、「農民」のイメージが強いかもしれないですが、元々は、大工や医者、僧侶、神主、商人、漁師など、複数の生業を抱えている人を指していたそうです。しかも副業ではなく、ある意味、すべて本業の「複業」であり、今のパラレルキャリアのような働き方を考えるにも、見習うべき存在かもしれません。
そんな百姓が多いのが、上毛町。

継がれてきた、という感覚

mija中4僕が滞在させてもらった中村邸は、尻高(しだか)集落でもかなり古い建物。文献上では築150年ほどらしいですが、大家さんから聞いてみたところ、「江戸時代から」「300年以上」のような話が出てきます。
都会にいると、古民家に行くことはおろか、住むなんてことは、滅多にできません。そうなると家に対する想い入れも薄まってきます。その家は、どんな人が住んで、どのように使われてきたのか。それを知る機会もその痕跡も、新しいマンションにはないですもんね。

中村邸は、屋内のいたるところに、人が住んでいた証があって、その一つひとつを眺めるだけで歴史の重みが胸に響いてきます。また、「これどうやって使っていたんだろう?」と聞きたくなるような古道具もたくさん残っており、過去を語る財産に溢れていました。
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意識の問題もあるでしょうが、そういった家や物が昔から“引き継がれてきたんだ”という、当たり前の感覚かもしれないけど、それを実感しにくい現代で、よい体験をさせてもらいました。