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〜こうげなヒトビト〜

霍野 廣由

覚円寺副住職 / 特定非営利活動法人京都自死・自殺相談センターSotto
あだ名:つるのさん
出身地:上毛町
profile

プロフィール

1987年上毛町生まれ。上毛町の尻高地区にある覚円寺の副住職。下宿しながら通っていた高校ではサッカー部に所属。高校卒業後は、京都の龍谷大学で仏教を学ぶ。現在は上毛町と京都を行き来する二拠点生活。京都ではNPO法人「京都自死・自殺相談センターSotto」の副代表として、会計やボランティアのコーディネート、行政と協力した企画の運営などを担っている。実家の覚円寺副住職も務め、法要が勤修されるタイミングで帰省し、日々のお参りを手伝っている。小学生を対象とした夏休みに寺に泊まるサマーキャンプや、中高校生を対象として世界に視野を広げることを目指したグローバルキャンプ、落語を通して仏教を学ぶ「こうげ寄席」、カレーのイベントなどを開催。京都では超宗派若手僧侶のグループ「ワカゾー」を立ち上げ、寺を借りて「Deathカフェ」も企画するなど、寺の活用・まちづくりに積極的に取り組んでいる。

Q&A

気になる質問

  • Q1.

    なぜ上毛町を選んだのか?

    もともと実家が上毛町のお寺。お寺に生まれると、知らないおっちゃんやおばちゃんであっても、皆んな僕のことを知ってくれている。別に誰に言われたわけでもないけれど、良い子でいないといけないプレッシャーを感じることあった。実家を離れたい気持ちもあり、サッカーで声がかかったこともあり、高校から大分県佐伯市で下宿をし、部活動に明け暮れる。大学で仏教の勉強をした後に、NPOに就職。いずれ上毛町に帰ってくることになるなと覚悟はしていた。
     住職をしている父が仕事で京都に1年間赴任することになり、2016年3月から戻ってくることに。そろそろ帰るタイミングかなと思いつつ、京都での仕事もあり帰る踏ん切りがつかなかった頃だったので、父の赴任が良い機会になった。
     家族はもちろんのこと、ご門徒さんや地域の人に育ててもらった。自分を育ててくれた方々や、この町に、何か恩返しがしたい。想いを一緒にする人たちと、町を良くしたいという思いは強い。微力であることは知っているけれど、その一端をお寺が担うことが出来れば良いなと妄想している。
     今はまだUターンしたわけではなく、月の三分の一は上毛町、残りは京都・大阪。行ったり来たりして、二拠点生活をしている。昔は日常だった実家での生活が、いまは非日常になっている。非日常だからこそ感じられることも多い。
     お寺は昔から学びや癒やしの場であった。あるいは、人と人とがつなぐ場所であった。今の時代でもその役目は変わらないし、今の時代に合わせた形で担っていかないといけない役割だと思っている。

  • Q2.

    帰るたびにすること

    ご門徒さん宅へのお参り。それぞれのお宅の故人の命日に合わせてお経を勤めて、お宅の方と少しお話。顔を合わせて近況を聞いたり話したりすることは大切なこと。
     上毛町に帰ってくると、よく星を見る。京都や大阪だと、こんなに綺麗な星空は見えない。せかせか慌ただしくしている生活では、そもそも、空を見上げようとする気持ちにもなれない。

  • Q3.

    よく行く場所

    ミラノシカ。ミラノシカができた頃から、京都のまちづくり界隈の知りあいから、よく上毛町の取り組みを耳にした。上毛町なんて誰も知らないだろうと思いながら何となく話の流れで地元のことを話したら、「えっ、あの上毛町出身なの?!」と驚かれて、ビックリした。自分の生まれた、何もないと思っていた町が、これだけ話題になっているってスゴいなと衝撃を受けた。実際にミラノシカに来てみて、また衝撃を受けた。自分の生まれ育った町に、これだけ素敵な場所があり、またそこに全国から人が集っていることに驚くとともに、誇りを感じた。「どうだ、良い町だろう」って。ミラノシカに集う人たちに会いたくて、また町の近況や取り組みを知りたくて、帰省したときには訪れるようにしている。

  • Q4.

    今、何に関心があるのか?

    お寺の意義とは何ぞや、お寺で何ができるのか、お寺という空間を多くの人に利用してもらうためにどうすれば良いのか、悩み考え、実際に取り組んでいるときは心も身体も充実している。

  • Q5.

    将来、どういう暮らしをしていくか?

    お寺が学び・癒やしの場となり、老若男女、多様な方々と一緒に、のどかにのびのびと機嫌良く、心豊かに過ごしていきたい。子どもが最近生まれたので、この子に自慢できるような仕事をし、この子が将来友達についつい自慢しちゃうような町をつくっていきたい。