よその目が、活きるとき

百穴top

滞在中は、ぽかぽか、陽気な日が続きました。今年は去年よりもずっとあたたかく、沖縄から出てきた僕にとっては、あまりにも恵まれた気候です。

前回、「史跡を巡りたい」という話をしたのですが、行ってきました。その土地の歴史を探ってみると、昔の人の暮らしに想いを馳せることができるのが好きです。そこから、地域の未来へのヒントが見つかることもあるかもしれないですし。

歴史資料を読み解いてみる
地域の歴史を知るための文献・資料があればと思い、げんきの杜へ。ここは図書館だけでなく、研修室があったり、陶芸施設があったり、トレーニングセンターや浴場が入っている複合施設。施設使用料もやさしく、町民の人が気軽に使えるようです。

さてさて、図書館にて文献探し。ぼくが読んだのは、これら3冊。
勉強

10年前に合併により誕生したばかりの「上毛町」に特化した資料は見つけることができず、その周辺を探ってみることに。近隣関係からなにか掴めるんじゃないか?と読み進めました。

年代的には古墳時代まで遡れて、かつてはアジアとの交流の拠点となっていたこと、豊臣秀吉の側近として仕えた武将・黒田官兵衛の統治時代の話まで、目から鱗の内容ばかりが記されていました。

個人的は、上毛町でかつて“養蚕”がされていたことや、(上毛町ではないですが)吉富町・八幡古表神社の相撲傀儡の話も興味をそそられました。

資料館まで足を運べず残念でしたが、ある程度の概観を掴めたので、いざ探索へ。訪れたのは、「松尾山」と「百留横穴墓穴群」でした。

天狗の由来? 修験者が足繁く登った「松尾山」
唐突ですが、かの有名な「天狗」って、元々は修験者(修業によって、特殊な力を得たもの)のことを表わしていたとか。

天狗は鼻が長いイメージがあるかもしれませんが、このように描かれるようになったのは近世で、カラス天狗のように鳥を模した姿をしていたようです。

お隣の豊前市の求菩提(くぼて)には「八天天狗像」が飾られているのですが、ここらへんからも見てとれます。たまたま「天狗の湯」に行くときに見かけた天狗像もまさしくそれでした。tengu

話は逸れてしまいましたが、松尾山でしたね。雁股庵へ行く道中の脇道を曲がって、さらに山奥へと進んでいくと入口へ。だだっぴろい駐車場に車を止め、ここから上宮を目指して歩きます。オギソニ号棒とガードレール
石段ももさん

山は紅葉しきっていませんでしたが、ただ歩くだけでも神秘的な雰囲気を感じるこの場所。どんな季節にこの場所に通い、どんな気持ちで修業していたのか、ほわほわと想いを馳せながら、山頂を目指します。ゆっくり歩くこと20分程で、上宮へ。
石段と本堂護摩壇こまいぬ

毎年、松尾山では豊穣を祈っての「お田植え祭」が行われるそうです。神楽もそうですが、農作物の時期に合わせて願いを込める。昔からある地域資源に、音楽や舞で向き合っていく姿は、やはり素敵です。都会に慣れきった人には新鮮かもしれません。

現代では、物事に対する精神性よりも、科学的に現象が解明されるために、それを根拠に物事が進んでいくことが多いですよね。だからこそ、こういった目に見えない何かを掴むような感覚を今でも持ち、そして、次へ受け継ぐ為の形があることにハッとさせられた松尾山でした。
帰り道
一年に一度、おとぎ話のような幻想世界をつくる「百留横穴墓群」

地元の多くの人には「百穴」と呼ばれているそう。ジブリの世界観をつい思い浮かべてしまう景色が広がります。
百穴しょうめん
これらの穴一つひとつがお墓なんですが、よーく見てみると、穴の大きさはもちろん、四角くかたどられている穴、丸っこい穴、と形も異なっています。当時の身分なども関係していたんでしょうか。
百穴サイド百穴より
「ここがライトアップされたら綺麗ですよね。そういうイベントやったらどうでしょう?」と思っていたら、実はすでにやっていました。
百穴かいせつ写真
毎年お盆の時期に、一斉にライトアップだそう。これはきっと壮観だろうなぁ。「この時期にまた来てみたい」、ちいさく心の中で来年のスケジュールを探っておきました。

若岡さんがFBページに投稿していましたが、地元の人からのコメントがあるのを見ると、意外とここは地元の人でもあまり知られていない場所のようですね。

これはかなりもったいない! もの◯け姫のキャラクター「こだま」が座ってそうな、こんな神秘的な場所があるってのは羨ましいですよ。ほんとに。

アンコールひゃっけつ

先輩たちと歩いてみたい
ふたつの史跡をまわってみて感じたことです。やはり知恵・経験共に長けているのが、僕らよりも上の世代。そういった方たちと一緒に史跡巡りができると、もしかしたら「ぼくらの子どもの頃は〜だった」というようなエピソードを聞けたり、一緒に山に行けば、ぼくらが気付かないような野草や虫を見つけたり、同じ空間にいるのに時空を超えるような視点の違いに気付けるんじゃないかなぁと。そういうことを、次はやってみたいです。

変化のバランスを求めて、よそ者は何ができるのか
時代が変わるにつれて、変わるものもあれば、変わっていくものもある。地域にとってなにが財産なのか、それを決めることも地域に住む人たちでしかないと思います。

僕らのように、外からやってきた“よそもの”が、安易につべこべ口出しできることではきっとありません。

ただ百穴の話ではないですが、ぼくらの視点が、その財産としての価値を再確認することだったり、残し、磨くことにつながれば、ぼくらよそ者も少しは役に立てるかもしれない。そうなれるように、関係性を築けたらうれしいです。

「変わらないために、変わり続ける。守りながらも、受け入れる」。その相反するような二つのバランスを強く意識している地域がどれくらいあるかは分かりませんが、上毛町はそうだと思うんですよね。
百穴top

大見謝(おおみじゃ)

written in 2015.12.09 by 若岡拓也