トレイルを分かち合う 大瀬和文さんインタビュー2

大瀬和文さんのインタビュー後編です。修験道トレイル in 上毛町の振り返りからはじまったインタビューは徐々にトレイルランニングの果たす役割やランナーのあり方について、と深い内容に。前編では、トレイルランナーとハイカーが共存するために、なにをすべきかを考えたところまででした。そこから話がさらに広がっていきます。
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ランナーとハイカーの時間軸が違うので、毛嫌いされるところがあると思います。考え方や立ち位置の違いはあれど、山に入るうえでこれから大切にしなければいけないことはなんでしょうか?

一時期、アウトドアブランドが、お年を召した、引退した人の娯楽としての山遊びを提案したのをきっかけに、山はゆったり時間をかけて遊びましょうという文化をつくったんですね。アウトドアブランドが。でもそれがつけになって返ってきています。山はやっぱり人それぞれ楽しめる、そういう環境じゃないかなって。金儲けのためにやるんじゃなくて、(一部の人間だけではなく)山を愛する人にいろんな提案ができるようなことを僕たちの世代がしなきゃいけないんじゃないかなって。

そのための活動として、先ほど(前編で)話されたように全国のトレイルを回っているんですか?

実際そうですね。今はトレイルランニング協会がいきすぎちゃって、まとまってないんですよ(※編注、いろんな組織ができています)。それをひとつにまとめればいいんですけど。まとまりきれていません。おのおのの考え方とやり方がある。それをもうちょっとうまくお互い、歩み寄っていけばもっといいものができる。まずはそこからかなと。

そのためには何が必要でしょうか。

まずみんなの考えをひとつにまとめるっていうところから。
おたがいの意見を言い合うんじゃなく、聞き合って、じゃあどうしようかってことをもう1回しないといけません。それは日本のトレイルだけじゃなく、世界のトレイルもそう。やんないとね。僕も言ってるだけじゃなく、今後のやり方次第だなって。やりたいですね。

大瀬さんがそうした広い視点をもつようになったきっかけは?

ターザンの「世界で戦えるランナーを育てます」みたいな企画に応募して通ったことです。ターザンのバックアップのもとで、トレイルランのノウハウを教えてもらっていました。100マイルのレースに出て、それで終わり。ではなく、フランスのUTMBに出ることができた。

それで、もっとトレランを知りたいと思ったのがトレランを始めた2年目。それからはオーストラリア、香港、フランスをはじめヨーロッパ各地などのトレイル文化に触れることができました。普段は人のいないところでレースがあって、人が集まる。大会の日以外でも試走などで人が訪れ、その中にはそこに住みたいという人も出てきます。

地域も潤う循環ですね。そこで何ができるかを考えるようになったということですか?

競技者としてタイムや順位を狙うことが多かったけど、最近はその先に何があるのかなって思うようになってきました。ふと立ち止まって考えてみると、自分がやりたいのは、始めた当時に感じたような楽しさを、もっと日本のトレイルシーンでもできるようにしたい。地域を盛り上げられるようなトレイルランニングの大会運営をしたいなって。

先週、地元で開催された大会「いながわ里山猪道トレイルラン」なんですけど(※編中、地元の大会に大瀬さんがゲストランナーとして参加していました)、子どもたちがすごい興味のある目で見ていたんです。子どもたちも山を走りたいなって目で。子どもたちと話した感じだと、「僕も走りたいです」って、そんな憧れを持っている。今の子どもたちが大きくなってからも山に入れるような環境をつくってあげたい。同じように駆け抜けられるような環境を残してあげたいな。10年、20年たって彼らが世界で戦えるようになっていたら面白いなって。

子どもたちと一緒にそんな環境を残していきたい。子どもたちの夢をつくって、トレイルを残していくということに挑戦していきたいです。

written in 2017.10.12 by 若岡拓也